「やさしい人」って?

以前から、電車で席を譲ったり、
困っている人に声をかけたりはしてたので
自分でいうのもなんですけど、
どちらかというと、私、「やさしい人」なんじゃないかな。

でも最近、何か「やさしい人」の定義が変わったような気がして。

人のために役立つ仕事がしたくて自衛官になりたいと思ってたんです。

採用試験の結果は、不合格。

とてもほかの職業を選ぶ気にはなれませんでした。
でも、生活のため何もしないわけにもいかないし、

と思っていたところに、たまたま見つけたのが「湯灌」という仕事。

「来年もう一度試験にチャレンジして、絶対に合格してみせる。」

そう思っていたから、選ぶ仕事はそれまでの単なる「経験」。どうせ選ぶなら、他の人がしていない経験をしてみたい。

不謹慎かも知れませんが
それが、「湯灌」の仕事を選んだ本当の理由。

入社して初めて体験した静かな時間。ご家族の複雑な思いに心を揺さぶられながら指先の細やかな所作で美しさを紡いでいくような、湯灌という仕事はとても繊細な仕事です。

学生時代、バレーボールに打ち込み、いかに大きな声で仲間を励まし、チームの笑顔を引き出すかと考えていた私にとって、とても自分らしさが発揮できているとは思えませんでした。

先輩や同僚の中には、どうしてもこの仕事がしたかった、と熱く語る人もいて、そんな人たちと同じ職場に自分がいることに居心地の悪さを感じたこともありました。

そんな悩みを上司に相談したんです。

本当の夢は、自衛官になること。

来年の試験に合格したら、この仕事はやめようと思っていること。

上司は、ただ、黙って聞いてくれました。
そして最後に、

「後悔したくないんだろ」

といってくれたんです。

次の日、上司は昨日までと何も変わらず
「おはよう」「遅くまでおつかれさま」「行ってらっしゃい」とやさしく声をかけてくれました。

その人が誰であっても、自分は自分のできることを精一杯やるだけ。

それまでお会いしたこともない人と人生が終わってから初めて出会い、それでもその人に心から尽くそうとする湯灌という職業を長年やってきた人の本当のやさしさを感じました。

それから、いつも目の前にいる人のことを考えるようになったような気がします。

ただすれ違うだけの人にも、

「もしこの人が、今気分が悪くなって倒れてしまったら、カバンの中のタオルを渡そう。」とか。

ほとんど妄想だけど、絶対に後悔しないという覚悟で行動することが本当のやさしさなのかな、と今は思っています。

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